東京地方裁判所 昭和41年(ヨ)2242号 決定 1966年6月14日
申請人 成田精人
<ほか六名>
右申請人七名代理人弁護士 近藤忠孝
<ほか二五名>
被申請人 山崎製パン株式会社
右代表者代表取締役 飯島藤十郎
右代理人弁護士 竹内桃太郎
<ほか二名>
主文
申請人らの申請をいずれも棄却する。
申請費用は申請人らの負担とする。
理由
第一 申請の趣旨
申請人らは、「申請人らが被申請人に対し労働契約上労働者の権利を有する地位を仮りに定める。被申請人は昭和四〇年一月以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り申請人成田精人に対しては金三万二、九九〇円、申請人大木仁伍に対しては、金三万三、三六四円、申請人平良実に対しては金一万九、四二五円、申請人福本辰昇に対しては金三万二、六一六円、申請人片倉寛に対しては金三万二、二四二円、申請人大谷和代に対しては金一万六、八五五円、申請人伊藤弘志に対しては金三万一、一一九円をそれぞれ仮に支払え。」との裁判を求めた。
第二 申請の理由は、本決定末尾添付の別紙(一)(二)記載のとおりである。
第三 当裁判所の判断
本件申請は、申請人らが昭和三七年六月頃から被申請会社に雇われるに至ったことを前提とするものであるから、先ずこの点につき判断するに、申請人らが被申請会社に雇われるにいたった事実については、なんら疎明がない。もっとも被申請人提出の疎乙各号証を総合すれば、
(1) もと申請人らが雇われていた申請外喜多パン工業株式会社(以下喜多パンと略称する)は既に昭和三六年一二月以降経営不振であったところ、昭和三七年五月被申請会社において喜多パン債権者らからの依頼にもとづき被申請会社専務取締役飯島一郎を喜多パンに派遣してその代表取締役に就任させ、被申請会社より出向した従業員七名の補佐のもとに同年八月六日頃まで喜多パンの経営にあたらせたこと、
(2) 喜多パンは、被申請会社の許諾を得て、同年一〇月一日その商号を株式会社山崎製パン板橋工場と変更し、その後被申請会社の要求によりその商号を再び喜多パン工業株式会社と改めるまでこれを使用していたこと、
(3) その後被申請会社は喜多パン工業の経営から手をひくことになり、その結果同年一一月以降前記飯島一郎は被申請会社役員たることを辞任し、個人として喜多パンの経営にあたったこと、
(4) この間被申請会社は、前記のとおり喜多パンに自社役員又は従業員を派遣又は出向させ、自社の商号を使用させたほか、あるいは「山崎パン」という自社商標の使用を許し、あるいは喜多パン債権者らの保証の下に同会社に融資するなど、喜多パン経営の実権を握り、あるいはこれを援助した事実のあること、
(5) しかし、喜多パンは、その経営不振を遂に挽回することができず、債権者らの意向にもとづき、操業を停止の上清算の方法により債務の弁済をするほかなきに至り、申請人ら従業員全員に解雇を申渡したことから争議となったが、昭和三九年一二月二九日申請人らの所属する日本労働組合総評議会全国一般労働組合東京地方本部喜多パン工業労働組合と喜多パンとの間に、被申請会社取締役片岡武及び日本労働組合総評議会全国一般労働組合東京地方本部組織部長大沢栄一が立会人名義で記名押印した「申請人ら七名を含む同組合員三四名に対する昭和三九年四月九日附解雇を取消し、同日附依願退職とする。会社は組合に対し退職金並に解決金として金五三四万円を昭和三九年一二月二九日支払う。会社は右組合員を他社へ極力就労できるよう斡旋する」旨の協定書を交換し、その頃喜多パンは右協定にもとづき金五三四万円を前記組合に支払い、申請人らはこれと引換に昭和三九年四月九日付退職願を喜多パンに提出、受理されて争議が解決したこと、
(6) その後、前記協定書にいう組合員三四名のうち、帰郷、入院その他の事情から就労を望まない五名と申請人ら七名とを除いた二二名は全員被申請会社において就労していること、
がそれぞれ疎明されるけれども、これだけでは被申請会社が喜多パン経営の実権を握った時期ないしそれ以後において、被申請会社と申請人らとの間に法律上雇傭契約関係を生じたことの疎明があるとは到底いい難い。
然らば、申請人らが被申請会社を相手取り、労働委員会に対して、「事実上喜多パンの事業を承継した被申請会社が喜多パン従業員であった申請人らの雇入ないし就労を拒否することは不当労働行為となる。」という理由で救済を求め得るか否かは別として、裁判所に対し、被申請会社との間に雇傭契約関係の存することを前提とし、労働契約上の権利を被保全権利として本件の如き仮処分申請をすることは、被保全権利の疎明を欠く点において失当であり、疎明に代え保証を立てさせてこれを認容すべき余地のないことは前記事実関係に照し明白であるといわなければならない。
よって、本件申請をすべて失当として棄却することとし、申請費用につき民事訴訟法第八九条第九三条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 川添利起 裁判官 園部秀信 西村四郎)
<以下省略>